2012年11月15日木曜日

日本一



新幹線にのってちょいと遠出したらこんなパーフェクト富士にまみえる。 
ふむ。
あれこれ、すべて、有難いことだと思って日々くらしていかねばならない。はい。

2012年10月14日日曜日

神有月とて


「大社」という能を見に行った。大社、つまり出雲大社のお話。

10月は神無月ってゆーけど、それは日本中の八百万の神様が10月はみな出雲大社に行っていなくなってしまうっていう例の件で神無月ってゆーんだってことだけど、当の出雲大社のほうでは10月を神有月と呼ぶんだって。みんな来てるから。
お能の「大社」は端的に言うと、10月に出雲大社で神さんやらなんやかんやが集結してやいのやいの大賑わい、というはなしです。

今年は古事記ができて1300年の年だそう。その記念企画、ということらしいが、この曲はあまり上演されることはない曲だそうで、しかも国文学者の解説付きで、という国立能楽堂ならではの良企画。齋藤英喜先生という仏教大学の先生だったんだけど、専門はお能ではなく、あくまで古事記、日本の神話、宗教というところが国立能楽堂がちゃんと仕事してるのがわかって素晴らしいですね。

その齋藤先生の解説がとてもおもしろかったので、以下全部先生の受け売りですけどヒマな人は読んでください。ヒマじゃなくても気が向いたら読んでください。

古事記には、オオクニヌシ(日本の国造りの神様)がアマテラス(今の天皇はこっちの系譜)に敗れて国を譲る、という話がでてくるが、その際、敗れたオオクニヌシを祭るために建てられたのが出雲大社、なんだそうな。

破れた側を、手厚く奉る、というのは、日本には「御霊信仰」としてひんぱんにみられることらしく、例えばその一例が、菅原道真の太宰府天満宮なのだが(道真いうたら祟りですもんね)、その原型が出雲大社にみられるそう。

それが、どういうわけか、平安末期、鎌倉、室町、と戦乱の中世期の中で、いつのまにか出雲大社のご神体は、「スサノオノミコト」になっちゃってたんだって。
スサノオは、荒ぶる神として武家からの信仰を集めていたらしく、中世の武家の台頭でどうもいつのまにかそうなっちゃったんだって。

お能つーのはそのまっただ中の室町初期のころに形ができあがったんです。
他のほとんどの曲がそうであるように、この「大社」も室町のころにできたものだけど、つまり、できた当時は「大社」でも出雲大社のご神体は「スサノオ」ということになっていたらしい。なんと。

ところで古事記は、天武天皇の命で1300年前の712年に完成したあと、わりと読まれもしないでうっちゃられていたらしく、「あ、そういえば日本の歴史ってそういえばどないなっとったんだっけ」みたいな感じで古事記研究が進められるようになったのは、江戸中期以降なんだそうだ。
そういった流れで古事記研究者、本居宣長とかがでてくるわけらしいんだけど、その頃になってようやく「いやいや、出雲大社のご神体はスサノオじゃなくてオオクニヌシですから」ということがわかって、今は、お能の「大社」も出雲大社のご神体はオオクニヌシ、という体裁になっている、つーわけ(つまり江戸のどっかで訂正された)。

あと、大社にはほかにも「十羅刹女」とか「海龍王」とかいう仏教系の神様がわらわらでてきて舞を舞ったりしてそれがけっこう見せ場になっている。
そのへんの脈絡は私の理解力では不明。

つまり総じていうと「大社」のポイントは、このお能のなかに、日本の国造りの神はじめその他もろもろの神々、古事記という史書の誕生、武家の台頭、中世の動乱、仏教への憧れ、神仏集合、江戸期の国家のアイデンティティの追求、みたいなそんなかんなのエピソードがごっそり読み取れる、ということ。

お能はいつもそんなノリで古典に古典が塗り込まっているので、そういうところが難しく、でもとりくみがいがあっておもしろい。それでいて美しいのだからもうたいへん。

えとーー、ややこしいこと並べておきながらアレですが個人的には小鼓方の大倉源次郎先生の小鼓ていうのが素晴らしくてですね、実は昨日は源次郎先生だから見に行ったとも言えるんですけどね、この小鼓方大倉流の宗家たる源次郎先生てのがいじょーに男前で、たぶん今時のあらゆる能楽師のなかで抜きんでて男前なんだけど、そんなわけなので、どんだけ神様がくるくる舞を舞おうが何しようが、わたしは源次郎先生の冷たい横顔(よしながふみの漫画にでてきそうな)、神々しいかけ声(深い森の梟のような)、小鼓を受ける胸板の美しさ(ああ小鼓にジェラシー)、それさえあれば、もうそれだけで満足なのであります。


舞台がはねて外に出たら、千駄ヶ谷は一面の、まさに空前の規模の、すんげー鱗雲!いやー秋だねー。この鱗に載って八百万の神様がやいのやいのと出雲に渡ってってるような気がしてすごくお目出度いヤローな気持ちになりました。




以上ですー。

2012年10月8日月曜日

猫やい

近所の苫屋にいた老猫。








勝手に師匠と名付ける。

2012年9月30日日曜日

あるかなきかの



ブログを書くの忘れちまってるわけではないのだが、あまり書きたい気もおこらずほおっておいたらどんどん月日が過ぎて長かった残暑もとっくに終わってもうすっかり秋ですね奥さん。 とらやの栗粉餅がまた明日から(毎年十月一日)始まると思うと日本にいる喜びをひしひしと感じずにはおられません。

 最近また能楽堂に足を運ぶ頻度が増えてああおもしろいなあと一人耽っている。一人耽っているのをもったいないなあといつも思うのだがこの徹底的に日本の古典というか日本の古典を何重にも塗り込めたようなこの古典はちょっときちがいじみていてそれがいかにも日本らしい感じのきちがいぶりなんだけどそれをどうやって伝えたものでしょう。

私は最初はとくにその独特の音楽の世界にひかれてお能に興味をもつようになったのだけど、最近とみに気付かされているのは、そのことば、詞章にこそ、日本の風土、日本人の感情、美意識、という点で気の遠くなるような奥深い世界がひろがっているのだということであって、ああ途方もない世界をのぞいてしまったなと今頃ようやくきづいて、この頃はことばの理解にも勤めている。 お能のことを考えているとなんとなくこっちで間違っていなかったという気はしていて、それで不思議なことにさみしい気持ちがまぎれるからほんと不思議なものだ。 

最近読んだ、平野啓一郎という作家の「葬送」という、ショパンとドラクロワがでてくる荘厳な小説のなかに、ドラクロワが日記をつける、なぜ日記をつけるのかということをしのごの考えながら、というシーンが描かれているのだけど、あたしも日記でも書いてみようかしらね。自分の恥ずかしい部分や負の部分と面と向き合うふてぶてしさは近頃かなり鍛えられてきたような気がするんだよね。 

お能の話しをしようと思っていたのにちょっと考えがワキにそれたらもうはじめ何が言いたくて書き始めたのかわからなくなってきたのでこのへんで中途半端に終わろうと思いますけど、たぶん、古代の人々に思いを馳せて自分だけの特別の世界に逃げこもうとしている私と、現実のどさくさを日々生きている私の、その折り合いをつけようとしているまた違う私というのがどっかにいて、日曜の嵐の夜なんかはその3番目のがよくしゃしゃりでてくるんですってよ。


 明日の最高気温30度だって。南無三。。

2012年8月21日火曜日

仕事とは

たまらん本に出会っちった。
商売繁盛ー昨今職業づくし
 いろんな仕事人達のインタビュー集。


しかし、、1976年8月初版、とあるから、、実に36年前だ。。

しかも、でてくる仕事人達が、なんともいえない普通の人々。。 

今時の、プロジェクトXやら、仕事の流儀やら、カンブリア宮殿やら情熱大陸にでてくるような、華々しい活躍をする各業界人とかでなく、ほんとにそのへんにいる普通の人々。

 映画館の売店のおっさん、ちり紙交換のおっさん、池袋駅の改札駅員、剥製屋の主人、帽子屋の主人、おしぼり屋の奥さん、アドバルーン(!)屋の女主人、ホオズキ農家、家庭教師の早稲田大生のお兄ちゃん(!)、、、 
戦後はどうだった、とか、最近の時勢で商売はこう変化していて、とか、何がよく売れる、とか商売上の工夫とか、商売上の勘所のはなしとか、、、
なんでもない話なのにむやみにおもしろくて電車のなかでニヤニヤしてヤバイ人みたいになっちゃう系。

私が生まれたのは、1977年なので、彼等の話の時代の空気感も、少しはわかるのがまたいいんだろうな。ちり紙交換とかね。
仕事への愛、誇りに満ちているけど、肩に力が入っている感じは全くなくあくまで普通。
書いている方がそういう風に書こうとしているからに間違いないんだけど。

先に挙げたテレビ番組や、昨今はやりのビジネス書はこの本と比べるとほんと下品でいやらしい。(下品でいやらしいからおもしろいんだけどw)

しかしこの本にでてくる普通の人は、なんかみんな血が通ってる。
演出により無理クリ血を通わせている昨今のほにゃらら、とは違って、ありのままで血が通ってる。

商売あがったりでも順調でも、なんかイキイキ。愚痴すらイキイキ。
ぐいぐい経済が成長してる時ってのは、そんなもんなのかな。
まいいや、いうほどヤボだ。。

普通のいとおしさと、この頃の社会の気分、みたいなのがすごく出ている(と思われる)とってもいい本です。

著者の、三宅菊子という人は、ananの創刊メンバーであり、マガハのエルジャポン、クロワッサンの隆盛をささえたライター・編集者だそう。
この方が今月亡くなったそうで、それでなんかのついでで話題にあがって知ったんだけど。
白州正子や宇野千代とも親交があって、仕事仲間で、、とかそういうことらしいけどなんというか、、、時代だよね。。

2012年8月18日土曜日

D'ONT PANIC!

かつてはわりと日常的にどうでもいいような小ネタでちょいちょいブログを書いていたけど、この旅ブログは、旅にでるにあたってわりと真面目に写真とともにいろんな場所のおもしろい話をしようという思いでやってきたし、旅も終わっちゃったので、なかなか記事ができないんだが、一方どうでもいいことも書きたい欲求みたいなのはやはりあって、そのやり場に困っていたんだけど、もうこのブログでいいやってことにしようかと思って、いつでも気が向いたら書けるようにスマホに投稿用のアプリなんかもいれてみて、今それで書いてます。

なので今後はテーマ無しな感じになっていくと思います。

それで早速なんだけど、このダグラスアダムスの銀河ヒッチハイクガイドがキョーレツにおもろかったので大推薦します!SFつーかイギリスのコメディです。

ちなみに、この本についてはまずGoogleで、
「人生、宇宙、すべてのこたえ」
で検索するところから始めてください。

原書読んでないけど、読んでなくてもこれは訳がきっとうまいんだろうなぁ、というのがわかる。最後の、訳者あとがきも面白くて、いままで読んだ訳者あとがきのなかで一番愛すべき訳者あとがきだと思いました。




この本によると、人生、宇宙、すべてのこたえ、は42、なんだけど、著者のダグラスアダムスによると、全く意味のなさそうな数字を選んだ、とのこと、3、や7、だとちょっと意味ありげな数字に人はとらえるので、そうじゃないものを選んだそうだ。

私、4と2の数字のモチーフになっているイヤリングをもっているんだけど、深い意味はなくて単に形がかわいいからそうしていたんだけど、数字や記号に意味をみいだそうとせずにはおれないのが人間の性なのか、自分も単に形がかわいいだけでえらんだことに心のどこかで腑に落ちていなかったんだけど、この本のことを知ったときに、42とは、「人生、宇宙、すべてのこたえ」であり、しかも「意味がない」っていうオーソリティをガツンといただいて、はげしく感動したものです。(笑)

ちなみに、地球の歩き方とはちょっと違って、英語圏で利用されている Lonely Planet という超有名なトラベルガイドは、ライターの署名性が高いのが特徴で、登場人物に「ヒッチハイクガイド」を書いているライターというのが登場するのだが、その彼のスタンスとロンプラのライター達のスタンスがやはり同じで、なんかそういうところが個人的にはヒヒヒって感じでおもしろかったです。

そんなかんなで私にとってとてもパーソナルに愛すべき本になってしまった一冊。

話しのぶっとびかたが、どこか東村アキコ的なのも楽しめます。
すごい天才。ダグラスアダムス。絶賛オススメ。

2012年8月14日火曜日

ウユニ

南米のペルーやらボリビアあたりは、記憶がうつろ。
あの頃は空気が薄いからといういわけではないけど苦しかったなあ。
外界と自分との線引きとか、間の取り方がわからなかった。
(今でも分かってないけど) 
なんとなく心をどこかにおいてきたままのような感じで今、東京の生活に戻りつつあるけど、結局どこにいても、人は孤独だし、外の世界の認識はいつも相対的で一時的で場当たり的なものなんだろう。





空に消えていくバス。

2012年7月13日金曜日

旅ガジェ:ガーゼマスク


旅ガジェシリーズ。(続いた..)
第2弾は、こちら、ガーゼマスク。



使い捨てじゃなく、どこかなつかしガーゼマスクつーのは洗って何度も使えるからだよ。
用途は、病気の予防というわけではなくって、飛行機の中での鼻の乾燥の防止。
だからこれでよいんです。

私はドライノーズもちで、乾燥するとすごく鼻にきてもー鼻の奥がヒリヒリになってイテーのなんのって。。
飛行機つーのはなんであんなに乾燥するんだろうか?1時間くらいすぎるともー鼻から水をがぶ飲みしたいくらい鼻腔が砂漠化します。
ちなみにうっかりこのマスクを機内に持ち込み忘れた場合は、ティッシュを「水にひたして」、両鼻につっこんどく。水にひたさないと逆にティッシュに水分もっていかれるんだよね。短距離だとそれでやりすごせるけどさすがに長距離だと詰め物の世話に手間がかかって面倒なので、やっぱマスク。マスクだと口からの息がまわるのでちょうどよい保湿効果。ってそんな汎用性のないテクニック披露してもしょうがないけどさ。

役にたたん話ですいません。でも60Lのバックパック一個で長く孤独な旅を続けていると、こういう小さいアイテムの一つ一つにすごく愛着がわくんですってば!なんじゃそれ、なんて思った御仁は映画キャストアウェイをみてください。こちら↓。


2012年6月24日日曜日

To You

どうも日本は梅雨入りしたそうすね。
んなわけなのでこないだのオスロの爽やかな空気感をペちっと。




22時ぐらいまで日が差しているので、芝生の上で夜も何時間でもごろごろしていられるのが夏のオスロのすごいところ。

世界第3位の石油輸出国として、石油の富が全国民に行き渡るので、基本的にあまり働かないし、基本的にコミュニストだし、野心とかそういうのが全然ない。
こういった芝の上にも、17時や18時ぐらいから仕事がおわった輩からぞくぞくと繰り出して、夜中までごろごろしている。

石油以外の産業・文化があまり育たないという背景があるので、文化とかそういうのがもうまったくペラっペラの国なので、たまにすごくいらいらするし腹が立つ。
育ちがよくてオシャレでいいヤツだし金ももってるんだけど世間知らずで成金趣味でどっか芋くさくてトロい、そんな女と話してるかんじ(ひどいいいよう(笑))。
要はとてつもなく底が浅い(これまたひどいいいよう(笑))。

あ、あれ、爽やかさをお届けしようと思ってただけなのにいつのまにかただの悪口に、、、

2012年6月18日月曜日

レッツゴー、パブ

ダブリン。
久しぶりに旅っぽい記事で。

スタウトって、このピシっとした境目がぐっとくるよね。。

別に特にギネスが好きってわけでもないけど、工場で飲んだギネスはさすがに新鮮でキレキレで素晴らしくうまかったです。
アイルランドは、美味しいクラフトビールがいっぱいあって、国民がビールの味を理解していて、そういうところいい国だよね~。お酒に理解のある国はそれだけで素晴らしいよ。
外国でドラフトビールを飲むとたいてい、ちゃんと洗っていないサーバーの味がするもんだけど(なのでなるべくドラフトは飲まない)、ダブリンはどこのパブで飲んでもそんなことがなかった。
それに酒屋でもパブでも、アイルランドのビールだけでなく、UK、ベルギー、ドイツ、アメリカ、、などなどのちゃんとおいしいクラフトビールが豊富に揃っている。
バーマンも美味しいビールに誇りをもってテキパキ働いている感じで、とても気持ちいい。

ちなみにアイルランドはクラフトビールもスタウトが多いようです。
特に美味しかったのは、Carlow O'haras というブルワリーのスタウト、あと Porterhouse というブルワリーの、XXXXっていうスタウト

アイルランドは飯もうまい。
バリエーションはないし、ただただビールにあうパブ飯、つーかんじで、ジャンクだけど、素朴で。
これは毎週土曜に出るマーケットで食べた1ピースが巨大(1kgくらいあるかな?)な野菜のキッシュ。
 

ソーセージとかホントやばいです。


ポテトの上に、チーズ(フェタっぽいの)を載せてオーブンでやいたの。
これもマーケットで。


あっちゃこっちゃパブに行ってたなかで、一番素晴らしかったパブはちょっとはずれにあって地元民で大盛況のL. Mulliganというパブ。
テーブルは予約でいっぱい。
カウンターもいつもぎっしりみたいだけど、ちょっと待てばカウンターはそのうちあくと思うので諦めませぬよう。
これは豚バラをどうにかしてどうにかしたあと、山と盛ったマッシュポテトの上にのせて、グレイビーソースで。


ウィスキーの品揃えも充実。
メニューにのっているだけでもアイリッシュが30本くらい(東京にもこれだけアイリッシュが揃っているのはないんじゃないのかな?)、スコッチは、その倍はあったかと思う。スコッチは100本200本あるようなバー、東京にもいっぱいあるけど。
私が飲んだのは、Readbreastという銘柄のカスクストレングス。


そしてアイルランドは意外にチーズも美味い。
こういう熟成十分なくっさいウォッシュチーズが最近好きなんだよねー、あたし。
 

以上です。

2012年6月8日金曜日

福島


例の漫画のプロジェクト
で、今回は福島に取材に。
これは、南相馬、小高のあたりで、こないだの4月に立ち入り制限が20km圏内から10km圏内になってやっと入れるようになったエリア。
入れるけれど、住んではいけないことになっているらしい。

今回、福島の中通りから浜通りを訪ねてみてわかったのは、たとえば10km圏ぎりぎりのところでも、海沿いはそんなに線量が高くなくて(0.3~0.4μSv/h)(つかそれでも高いけど!)、むしろ中通りの福島駅前や二本松のあたりがもっと高い(1.0μSv/hとか出る)ということ。 わたしが道中測っていて一番高く出たのは、飯舘村(原発から40kmくらいかな?)のあたりで、6.0μSv/hくらいはでてた。

放射線は見えないとかいいますけど、ガイガーカウンター持って、福島をうろついてみて、いやこれ見えてますから!ってすごく思いましたね、今回。
(感度の良いカウンターだと、針がヒュンヒュン振れるんですよ。)

福島で生活している人たちにもいろいろ考え方の違いとか、温度差があって、それだから逆にそれぞれの思いを表しにくくなっていて、核の脅威に全力で不感症になっているような人たち(つらい現実から目をそむけるというか)もいるんですけど、ほんとうにそれでいいのか、たとえば20年後に後悔しないのか、後悔することになったらどうすんだよ、と言いたくても、現地では、そんなこと、言えないんだよね。。。
これが。。。

2012年5月12日土曜日

旅ガジェ:SIMカード

いつも旅につれていた、私の小さな、大事な、ガジェット達を紹介していこうと思います。
(的なシリーズ化をほのめかしてもいつも1回で終わるんスケドw。)
筆頭は、私を導いてくれた各国SIMカードたち。 無くすまい、と努めていたんだが、小さすぎて年中なくしていたのでほんとはもっとあったんだけどもね。

いつかご紹介しようと思っていました、コレら。
日本と違って諸外国は、たいていどこでも、待場のコンビニとかキオスクとかタバコ屋やらなんやらで、何の登録も成しにホイホイとプリペイドのSIMが買えるのです。
それでもって香港のSIMロックフリーのiPhoneを持っていたので、各地でこのSIMを差し替えると、3Gでいつでもネットにつながって、それにGPSは世界中どこでもタダで飛んでるわけで、そうすると地図ソフトを立ち上げれば、世界中どこにいたってピンポイントで迷わない、という状況が実現するわけです。
知らない街に降り立って、真っ先にやらないといけないことは「宿にたどりつく」ということなんだけど、宿の住所を入力すればビシッと指示してくれるので、まーこのおかげで助かりましたわよ。
なので、知らない国に降り立ったら、真っ先にやることは「SIMカードを入手する」ことでした。

ああ、懐かしい。また旅に出たい。

2012年4月14日土曜日

3年ぶり

どうも東京の冬が寒くて寒くて、東京ってこんなに寒いとこだっけ、と首をひねりながらそして首を長くして春を待ちわびていたけど、3月になっても4月になってもいっこうに暖かくならない感じでこんなんでほんまに桜さくんかいと思っていたけど、ちゃんと咲くもんだね。


考えてみたら満開の桜みたのは3年ぶり。
不思議なことに、桜が咲くのをすごくすごくすごく楽しみに待っていたわりに、実際満開の桜をホウボウで見ても、思ったほど感動が少なかった。そこそこ感動した、くらい。待ちすぎたんだろうか(笑)
そしてなぜか桜をみているとまた旅に出たくなってしまうのである。
女心ってフクザツゥ!

2012年3月11日日曜日

ストーリー

今日、被災地のエピソードをオムニバス漫画でつづるプロジェクトがスタートしました。
ストーリー311。

一緒に南三陸でボランティア活動をした友人、まーちゃんの発案からはじまったプロジェクト。
毎月11日更新。東北大震災を漫画で語り継ぎます。
読んでくださいね!絶対に!

第1回取材旅行にご案内したときの様子。南三陸町の尾崎神社にて。
漫画家のひうらさん、末次さん、さちみさん。地元語り部の佐藤さん。講談社編集担当の小川さん。手下(笑)のボイラー。そしてまーちゃん。


今日はね。ひとりひとりにストーリーがあるよね。ほんとに。
つらいっす。

2012年3月4日日曜日

灰色の男

の街だよここは。





あたしがモモになりましょう

2012年2月1日水曜日

らくだリンチ

ヨルダンのペトラで誰かがとってくれたお気に入りの写真。シンガポール人のアンジーちゃんとつるんでいた時の写真だ。


「乗れや姉ちゃん、30分1,000円!」
「アホかいなオッサン高いわソンナモン話にならんわボケ」